名称 長福寺裏山古墳群(古代の丘スポーツ公園隣接)
住所 岡山県笠岡市走出
長福寺裏山古墳群
長福寺裏山古墳群に直接いくこともできますが、古代の丘スポーツ公園に隣接しているのでファミリーで遊びに行ったついでに勉強も兼ねて古墳群を歩くのがオススメです。空気のいい所なので、シニア世代はウォーキングで歩くのもいいと思います。古代の丘スポーツ公園の遊歩道から歩くといいウォーキングコースですよ(^^)
今回は学芸員の方に詳しく説明してもらいました。詳しい説明があると古墳に興味が湧きますよ!
七つ塚古墳
昔の人は数が多いことを“七つ“と言っていました。ここの七つ塚古墳も7つあるわけではなく四つの方墳を七つ塚古墳と呼んでいます。古墳は基本的に盗賊に荒らされていて一緒に埋葬された焼き物などはないそうです。しかし、この七つ塚古墳の一つは偶然荒らされておらず貴重な焼き物が出てきたそうです!
須恵器(すえき)
須恵器とは、古墳時代中頃(5世紀初頭)に朝鮮半島から伝わった焼き物だそうです。それが七つ塚古墳の一つから発見されました。ということは、この古墳に眠る方は、この須恵器の技術を5世紀初頭に知っていたという事なんです。海外へのネットワークを持つ方だったのか、須恵器を誰かからもらえるような豪族なのか?どういう経緯でこの七つ塚古墳に眠っているのかは分かりませんが、ものすごい豪族が眠っていることは間違いなさそうです。
双つ塚古墳
井笠地域で一番大きい前方後円墳です。一見、ただの小さな山があるように見えますが、堀と土手があり、立派な古墳になっています。
一つ塚古墳
5世紀ごろに築造された造出付の円墳です。盗掘をうけ円丘部がへこんでいます。
仙人塚古墳
5世紀後半に築造された造出付の円墳です。この古墳は古墳の頂上あたりまで階段で登ることができ、石室を見学することができます。石室から出土したと想定される短甲は、現在アメリカのメトロポリタン美術館に所蔵されています。
仙人塚古墳の短甲
短甲を売却した明治38年、新山尋常高等小学校の時代でした。売却されるまで、先生が短甲ををつけて授業に出たりして生徒を驚かせていたそうです。
東塚古墳
5世紀後半に築造された前方後円墳です。
まとめ
古墳は西から順番に作られているそうです。学芸員の話を聞く前は土をもったお墓だと思っていましたが、一通り話を聞いた後は古墳がより神秘期的なものに感じました。今、笠岡は田舎ですが昔はきっととても栄えていて、権力を持った人もたくさんいたんだろうなあと想像するのも楽しかったです。