第17番札所井戸寺
神島の第17番札所は、四国八十八ヶ所の 「第17番 井戸寺(いどじ)」 を模しています。四国の井戸寺は徳島県にある古刹で、本尊は 七仏薬師如来、病気平癒や災い除けの信仰を集める寺院として知られています。
地元の話だとこの辺りの浜に「金磯弁天」と呼ばれる弁財天がいたそうです。(ちょうど集会所のあたり)道路を整備するために浜から上げられましたが、現在、所在がわかっていません。


礒間浦(いそまのうら)
万葉集にも詠まれた「いそまのうら」。
ここは、かつて風待ちの船が停泊した場所と伝えられています。帆を休め、潮と風の向きを見ながら、出航の時を待つ――そんな静かな時間が流れていたのでしょう。
今も変わらず広がる海を眺めていると、遠い昔の船影がふっと浮かぶようです。
神島八十八ヶ所 第18番札所 〜恩山寺〜
第18番札所・恩山寺は、神島の山の上にひっそりと佇んでいます。
恩山寺は小高い場所にあり、たどり着くと視界がぱっと開けます。瀬戸内の穏やかな海と空が広がり、思わず深呼吸したくなるような景色が迎えてくれます。静かな風と、遠くの波の音。日常から少し離れた、心が整う場所です。
山の上まで登るのが難しい方のために、「前札所」も設けられています。誰もが無理なくお参りできるようにという、やさしい心配りが感じられます。
そして、帰り道。ふと目に入る桜の木。春にはきっとやわらかな花が参拝者を見送ってくれるのでしょう。歩いてきた時間が、やさしく報われるような瞬間です。



第19番札所 立江寺と地蔵鼻
神島八十八ヶ所第19番札所・立江寺のそばには、かつて地蔵鼻の常夜灯が建っていました。道路工事にともない、現在は海岸沿いへ移されています。
このあたりは岩盤が弱く、昔は崖がよく崩れていたそうです。道が塞がれると、人々は山を越えて笠岡へ向かったと伝えられています。今も海を望む場所に立つ常夜灯。静かな風景の中に、かつての暮らしの苦労が重なります。
※近くに簡易トイレ(くみ取り式)があります。




波彫地蔵
神島の海沿いに、静かに佇む「波彫地蔵」があります。
元々は磯にこの岩があったそうです。それを陸に上げたが屋根をつけていなかったため長い年月、潮風や波しぶきを受けながら、風化してしまいました。これ以上風化させないために、現在では屋根がついています。
この場所に、一つの石碑が建っています。そこには、平松措大(ひらまつ そだい/本名・政夫)の詠んだ俳句が刻まれている。
「お遍路に波が彫りしという仏」
海の音を聞きながら立っていると、不思議と心が静かになります。

弘方寺
鶴林寺の登り口にある弘方寺の脇には鶴林寺「お茶堂」の跡が残っています。巡礼の人々が立ち寄り、ひと息ついた場所だったのかもしれません。祈りの道の途中で、心と体を休めるあたたかな場。今も静かに佇むその姿に、どこかやさしい面影を感じます。
黒岩
神島の海辺にある黒岩は、昔、魚がよく釣れる場所として知られていました。あまりにも釣れるため、釣り人が夢中になり、潮が満ちてきたことに気づかず帰れなくなることもあったそうです。穏やかに見える瀬戸内の海も、潮の満ち引きで姿を変えます。黒岩は、海の恵みと自然の力強さの両方を感じられる場所です。
第21番札所 大龍寺と奥の院
神島八十八ヶ所第21番札所・大龍寺。その奥の院には、かつて洞窟があったと伝えられています。洞窟の中には石仏のようなものが祀られていたそうですが、現在その石仏は外へ移され、洞窟自体も塞がれたといわれています。かつて人が住み着いたこともあり、安全のために閉じられたと伝えられています。。
正確な位置ははっきりしていませんが、この21番札所周辺に洞窟があったのではないかと推察されています。車で走っていると、弘方寺あたりに入口を塞いだような洞窟を見ることもあります。あの場所なのか、それとも別なのか――確かなことは分かっていません。けれど、そうした“分からなさ”もまた、この地の歴史の一部。大龍寺の周辺には、今も静かな時間が流れています。


取材を終えて帰り道、長安さんから面白いお話を聞きました。
青佐山(おおさやま)と青佐山城の歴史
笠岡市と浅口市寄島町の境に位置する青佐山(標高約249m)は、戦国時代に築かれた 山城「青佐山城」跡 が残る歴史ある山です。山頂周辺には曲輪(くるわ)や土塁、井戸などの遺構が確認されており、当時の山城の姿を偲ぶことができます。
戦国時代、伊豫(現在の愛媛県)から毛利氏の支援を受けて戻ってきた 細川通薫(みちただ) がここを拠点として一時期城に入ったと伝えられています。ただし、細川氏全体の中心的な本拠地ではなく、当時の戦国期における一つの拠点でした。 山頂には井戸跡があり、当時の生活や戦いの様子を感じさせます。この井戸は「非常に深くて落ちたら命に関わる」といった伝承が残っています。また、青佐山城やその周辺で 埋蔵金の伝説が言い伝えられています。

