羽方神社
この辺りは「観音山」と呼ばれ、かつては神社の境内地でした。
通称「明神様」として親しまれる羽方(はかた)神社には、ある言い伝えがあります。江戸時代初期、瀬戸内海でシケに遭った博多の船が、当時はまだ海だった金浦湾へと迷い込みました。その後、難破した船頭たちが大下村(現在の大宜)に移り住み、自分たちの故郷にちなんで「博多=羽方」として神社を祀ったのが始まりだと言われています。
昭和の頃には、境内で子供相撲が盛んに行われていました。勝った子には100円のご褒美が出るなど、地域の子どもたちにとっても思い出深い場所だったようです。

